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JPPの歴史

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2015年

  • 第20周年記念チャリティショー開催
  • 平均年齢すでに70歳、半数以上が70歳以上、全員の頑張り 時々あちこちからため息
  • 王子の北とぴあ800席をほぼ万席にする
  • ゲストに高校生「和太鼓」、早稲田「ショッカーズ」、初めての試み「靴の踊り」など工夫
  • 収益をNPO法人 ロシナンテス・NPO法人 さくら・車イス プロジェクトに寄付

2011年

  • 第16周年記念チャリティショー開催(第15周年が1年遅れる)
  • 収益を東日本大震災に義捐金として寄付 東日本の速い復興を心から祈る

2009年

  • メンバーが23名となる
  • 「初心忘れるべからず」と新コーチを迎え1つのグループにまとまって練習
  • 新コーチの下、15周年記念に向けて半年に1曲仕上げる目標で大車輪

2005年

  • 10周年記念チャリティショーを開催。収益はユニセフに寄付
  • ひとり7~9曲を踊る、衣装の着替えは2分、打ち上げは最高気分!
  • 入会希望者多数のため オーディションを開始、何と20名以上のウエイティング
  • プラチナ・ゴールドの2チーム編成となる

2002年

  • 一念発起、数年経ってもいつも1曲しか踊れないのを打破するため発表会開催を決意
  • 7周年記念のため2泊3日の合宿を行う。22名全員が参加 全員意気軒昂!
  • 7周年記念発表会を開催。若さ、健康、素晴らしいチャンスに感謝し、収益をユニセフに寄付
  • 初めての発表会、謙虚に謙虚にワンコイン(500円)の入場料 謙虚過ぎると巷の声(本当です!)

1999年

  • 結成4年目でもメンバーわずか 9名
  • 桜花咲く頃、某週刊誌に 「遂にでたー!」 的紹介をされる
  • 新聞、雑誌、テレビ、ラジオにとりあげられ、一躍アイドル並みの取材攻勢にとまどう、否、狂喜乱舞に近かったような気もする
  • メンバーが徐々に増える 絢爛豪華な衣装に憧れる中高年も少なくない有様
  • 3分ほどの曲を1年かけて覚えるが、次の年には前の曲を忘れる 危機的状況

1996年

  • アメリカ、アリゾナ州にシニアチアリーディングチームがあることを知り、日本でジャパンポンポンを結成
  • 当時、青山学院大学学生をコーチとし、前年暮れにリクルートしたメンバーで1月から練習開始
  • 5名でシニアチアダンスチームとしてデビュー
  • 毎週2時間の練習 前の週の振りは誰も覚えていない恐怖のチームだったが喜々として参加
  • ジャパンポンポンは、コーチの忍耐力を養い、人生の厳しさをを特訓するチームと錯覚甚だし

 

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